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ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の概要と仕組み

ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)の概要と仕組み 業務改善

ソーシャル・インパクト・ボンド(Social Impact Bond、SIB)とはボンドという名称になっていますが債券のことではありません。ソーシャル・インパクト・ボンドとは、民間資金を活用した2010年に英国で始まった官民連携による社会課題を解決する仕組み、のことを言います。

本稿では、ソーシャル・インパクト・ボンドの概要や仕組み、メリットや注意点、民間企業の役割と具体的事例、などについて詳しく解説します。

1.ソーシャル・インパクト・ボンド(Social Impact Bond、SIB)の概要

ソーシャル・インパクト・ボンドは債券のことではなく、社会的投資の一つの方法になります。一般的な債券の特徴である「元本保証」や「マーケットにおける流動性」はありませんし、現実に債券が発行されたという例もありません。

ソーシャル・インパクト・ボンドとは、経済的な利益を目的とした株などに対する一般的な投資とは異なっており、社会的な利益(社会問題の解決など)を一義的な目的とし、それと同時に経済的な利益も目指す仕組みのことを言います。

(1)従来の行政サービスにおける民間委託・補助事業

これまでの行政サービスにおける民間委託・補助事業は、事業者(NPO、民間企業等)が受益者にサービスを提供していることに対して、行政は成果の有無に関係なく活動にかかった経費をベースに事業者に対して対価を支払う、という仕組みでした。

このような仕組みだと、対費用効果を考慮することなく、とにかく何らかのサービスを提供さえしていれば収益が生じるという税金の使い方として正しくない使われ方がされてしまうリスクがありました。そこで登場したのが「成果連動支払い民間委託・補助事業」という考え方です。

(2)成果連動支払い民間委託・補助

成果連動支払い民間委託・補助事業とは、事業者が受益者にサービスを提供するものの、受益者へのサービス内容の評価を独立した評価機関に依頼して、その評価結果に応じて行政から対価が支払われるという仕組みのことです。

客観的かつ中立的な立場の評価機関が介在することで、税金の無駄遣いには一定の効果が期待できますが、事業者は先行投資が必要になるケースが多く、また事業者がキャッシュを入手するのはサービスの提供が完了してからとなる、という資金化のタイム・ラグの問題がどうしても発生してしまいます。
そこで、民間資金を活用したソーシャル・インパクト・ボンドのスキームが考え出されたのです。

(3)ソーシャル・インパクト・ボンド

事業者が民間の資金提供者から資金を得て(借入など)、その資金を元手に受益者にサービスを提供します。評価機関がサービスの成果などを評価して行政に報告し、行政はその報告に基づいて事業者に対価を支払い、事業者は資金提供者に返済などを行うことになります。

このように外部資金提供者を巻き込んだ成果連動支払い民間委託・補助事業のことをソーシャル・インパクト・ボンドと呼んでおり、国や地方自治体などがこの仕組みの導入を推進しているのです。

ソーシャル・インパクト・ボンドの実現可能領域の要件と上述した行政による民間委託・補助事業事業との関係性は以下の通りです。

行政主体(地方自治体など)による単独実施のケース:ノウハウや予算が不足しており限定的な事業運営しかできない可能性あり

⇒(1)従来の行政サービスにおける民間委託・補助事業:民間事業者の方が効率的に事業を実施・推進することが可能

民間事業者の方がより効率的に実施できる事業の場合は、例えば自治体実施だとコスト100だが、民間事業者であればコスト80で同様の効果が得られる事業となる可能性がある

⇒(2)成果連動支払い民間委託・補助事業:上記+革新的な取組によってコスト削減効果の変動を期待

革新的な取組によってコスト削減効果の変動が想定される事業の場合は、例えばサービス提供方法の工夫等、事業者の努力によって効果の向上が見込まれる事業となる可能性がある

⇒(3)ソーシャル・インパクト・ボンド:上記+事業者が自己資金を投入して実施することが難しい場合

ソフト事業で社会的便益の創出効果に関して不確定要素が多いため、事業者が自己資金を投入して実施することが難しい場合があるので、投資家からの出資を募り、資金を確保します(健康福祉、児童福祉、雇用支援、などの事業)

 

2.ソーシャル・インパクト・ボンドの導入に取り組む意義

行政(特に地方自治体)の歳出決算額に占める固定経費の割合は非常に大きいのですが、 ソーシャル・インパクト・ボンドの導入によって、貴重な自治体などの政策経費を使うことなくに固定経費の効率化を図ることが可能になります

事業における初期投資を民間資金の活用で賄い、成果報酬型の事業を実施するソーシャル・インパクト・ボンドは、複数年度に跨る事業として設計されることで、初期投資に大きな費用を必要とする予防的な事業に取り組む場合に、特にその効果を期待することができます。

また、ソーシャル・インパクト・ボンドを実施する際には、行政・民間資金提供者・事業者が合意できる成果指標とその評価方法を設定する必要があるので、結果として、事業の成果に関して関係者(住民、議会、財政当局、など)に対するアカウンタビリティ(説明責任)を果たすことが可能となります。

(1)経済産業省におけるソーシャル・インパクト・ボンド普及に向けた広報等の具体的取組と今後の課題

ソーシャル・インパクト・ボンドの普及に向けて、経済産当省主催のセミナーや各団体・金融機関主催の勉強会・セミナーへの参加を通じて、関係者への情報提供を行っています。

平成29年度には、

①スマートウェルネスコミュニティ協議会主催の勉強会での講演(平成29年4月19日、5月16日):協議会会員の自治体、金融機関、サービス提供事業者を対象に、ソーシャル・インパクト・ボンドの仕組みや経済産業省の取組について講演

②スマートウェルネスシティ首長研究会での講演(平成29年5月31日):21自治体の首長が参加のもと、ソーシャル・インパクト・ボンドの仕組みや経済産業省の取組について講演

③三井住友銀行主催セミナーでの講演(平成29年9月7日):自治体、金融機関、サービス提供事業者を対象に、ソーシャル・インパクト・ボンドの仕組みや経済産業省の取組について講演

④経済産業省主催のソーシャル・インパクト・ボンドセミナーの開催(平成29年2月22日):自治体、金融機関、サービス提供事業者を対象に、関係省庁にも登壇してもらい、ソーシャル・インパクト・ボンドの仕組みや各府省庁の取組を情報提供

⑤次世代ヘルスケア産業協議会およびワーキンググループ:経済産業省のソーシャル・インパクト・ボンドに関する取組状況や方針についての紹介並びに委員からの意見聴取

⑥自治体、金融機関、サービス提供事業者からの相談への対応(随時)

⑦官民ファンド等を通じた普及・啓蒙

⑧ヘルスケア産業関連の講演におけるソーシャル・インパクト・ボンドの宣伝(随時)

といった活動を実施しており、平成30年度以降は上記の取組に加えて、平成30年初夏に開催予定の「地域版次世代ヘルスケア産業協議会」での情報提供を通じて、ヘルスケア分野におけるソーシャル・インパクト・ボンドの普及促進に向けた広報を行っていく予定、となっています。

今後の検討課題としては、以下のように取りまとめられています。

1.ヘルスケア分野での今後の取組

(1) 新たなソーシャル・インパクト・ボンド案件組成の支援

  • 介護予防等の新たな分野
  • 自治体・事業者・金融機関等へのソーシャル・インパクト・ボンドの普及

(2)ヘルスケア分野における成果連動型のロジックモデルや成果指標の検討

2.分野横断的な課題

(1)政府全体でのソーシャル・インパクト・ボンドに関する検討の司令塔機能

  • 有望領域の特定、分野横断的な制度課題の検討、関係者間の調整等
  • 英国ではソーシャル・インパクト・ボンドの司令塔を担う組織を設置

(2)自治体のソーシャル・インパクト・ボンド活用に向けた資金負担のあり方等の環境整備

  • 行政効率化等を進めた自治体へのインセンティブ措置
  • 国・都道府県・基礎自治体の応分の負担等
  • 英国では休眠預金を活用した社会的投資ファンドを政府が設立

(3)ソーシャル・インパクト・ボンド推進に向けた中間支援組織の強化

(2)他の省庁(経済産業省以外)におけるソーシャル・インパクト・ボンドへの取り組みについて

①厚生労働省

  • 塩崎厚労大臣が「社会的インパクト投資シンポジウム」(2015年5月)、「ソーシャル・インパクト・ボンド・セミナー」(2015年11月)に登壇し、ソーシャル・インパクト・ボンドに言及
  • 2016年より2月ソーシャル・インパクト・ボンド本格導入に向けた検討会を開始。パイロット事業の検証と今後のモデル事業設計に向けた検討を実施中
  • 2015年度に虐待防止分野でのソーシャル・インパクト・ボンド導入可能性調査を実施するほか、2016年度よりソーシャル・インパクト・ボンド導入を見据えた認知症予防事業のアウトカム指標設計事業を実施予定

②内閣官房

  • 2015年5月に伊藤地方創生大臣補佐官の指示で金融ワーキンググループでの検討を開始
  • 2015年6月、2016年6月閣議決定の「まち・ひと・しごと創生基本方針 」にてソーシャル・インパクト・ボンドに言及

(3)政府の成長戦略におけるソーシャル・インパクト・ボンドの位置付け

①成長戦略

「日本再興戦略2016(平成28年6月2日 閣議決定)④新たな健康寿命延伸産業の自立的創出に向けた環境整備」

(略)高齢者に特有の疾患の解明や老化・加齢の制御についての基礎研究の推進、自治体での健康寿命延伸に向けた産業育成を促進するためのソーシャル・インパクト・ボンドの社会実装に向けた検討を進める。

②地方創生総合戦略

「まち・ひと・しごと創生基本方針2016(平成28年6月2日閣議決定)、◎若者の創業支援」

社会的ビジネス向けに、空き家等の不動産活用手法、広く受益者から徴収するビジネス活性化地区などの独自財源活用手法、社会的効果を見える化しその達成インセンティブを活用する社会的インパクト投資方式など、官民でリスクシェアをするための方策について更に検討を深める。

 

3.ソーシャル・インパクト・ボンドの具体的な組成・推進体制

  • ソーシャル・インパクト・ボンドを実施する際には、中立的に事業成果を評価する第三者評価機関や、行政・資金提供者・サービス提供者等の調整・案件形成等を担う中間支援組織などが必要とされます。
  • 現実には、評価や組成・管理にも相応のコストがかかることを踏まえ、事業の規模や性質に応じた適切な推進体制を検討することが重要です。

想定される組織とその役割は以下の通りです。

第三者評価機関

大学、評価専門組織、監査法人 など

  • 公正な機関として、中立性を担保した評価を行いたい
推進体制 想定される組織 役割・備考
行政 中央政府、都道府県、基礎自治体
  • 税収減少の中で行政負担を削減したい
  • 削減分を行政独自の施策等の実施に充てたい
中間支援組織 財団等非営利団体、シンクタンク・コンサルティング会社等営利団体、 など
  • 資金提供者へのリターンや行政コスト削減の最大化と社会的課題の解決を行いたい
サービス提供者 NPOなどの非営利団体、社会的企業や一般企業などの営利団体、など
  • 革新的な社会課題解決型事業の社会実装をするために、複数年度にわたる規模の予算確保をしたい
  • 最大限のパフォーマンスを発揮したい
資金提供者 個人投資家(寄付、純投資)、法人(財団、企業CSR、金融機関)、その他休眠預金の活用、など
  • 最大限の経済的・社会的リターンが欲しい
評価アドバイザー シンクタンク、コンサルティング会社 など(中間支援組織が担うことも可)
  • サービス提供者に対して進捗や成果の管理に関して助言を行う
  • 最大限の経済的・社会的リターンが欲しい

ソーシャル・インパクト・ボンド導入プロセスの概要は、主に中間支援組織が行政を支援し、以下のようなプロセスを推進します。

①ソーシャル・インパクト・ボンド導入可能性調査工程

    • 解決すべき社会的課題の特定(検討開始)

    • ターゲットの特定と解決すべき社会的課題の特定

  • 成果指標の設定 =(同時並行的に)
  • 提供サービスの決定
    • 財務モデルの構築(ここで予算化を実施します)

財務モデルの構築(ここで予算化を実施します)

    • 2ターゲットの特定と解決すべき社会的課題の特定

    • 資金調達

    • 関係事業者の調達

    • サービスの詳細デザイン

  • ソーシャル・インパクト・ボンド契約締結(サービス開始)

4.ソーシャル・インパクト・ボンドの事例紹介

(1)糖尿病性腎症重症化予防事業

自治体が糖尿病性腎症重症化予防事業を行う目的は、①糖尿病が重症化するリスクの高い医療機関未受診者・受診中断者に対して、適切な受診勧奨、保健指導を行うことにより治療に結びつけること、②糖尿病性腎症等で通院する患者のうち、重症化リスクの高い者に対して主治医の判断により保健指導対象者を選定し、腎不全、人工透析への移行を防止することです。

この事業においては以下のような支払条件などが定められています。

支払額

下記の条件に従って支払い

<指標> : 支払内容(パーセンテージ、金額は叩き台)
事業完了 :サービス提供費の40%を支払い(=最低保証額)
生活習慣の改善者数 : サービス提供費の残り60%を改善者数の目標値で等分した額/1人
ステージ進行/人工透析移行予防 : 第3期での維持:20万円/1人
第4期での維持:200万円/1人

ただし、生活習慣の改善者数を超えた場合にのみ支払い、サービス提供費の130%を上限とする。

想定される医療費適正化効果の範囲内で、事業者の採算性を考慮し決定。第3期で維持することによる医療費適正化効果は約30万円/年、第4期で維持することの医療費適正化効果は約480万円/年と想定。

成果指標 中間成果指標: 生活習慣の改善者数
最終成果指標: ステージ進行/人工透析移行予防(患者数)
評価方法 生活習慣の改善者数:
第三者評価機関による質問紙等による調査ステージ進行/人工透析移行予防(患者数):
保健指導を行う「介入群」の観察期間後の予後データと、過去の特定健診データ、レセプトデータから算出した予後データとを比較し、介入によるステージ進行/人工透析移行予防の効果を評価する

この事業によってもたらされる便益は、事業費約0.2億円(約2,400万円。保健指導に係る費用等のサービス提供費用。成果が目標を超えた場合に支払う成功報酬は含まず)、人工透析予防数8人(5年後の、介入群と非介入群の第5期患者数の差。保健指導実施によって、人工透析への移行率を約10%から約2.6%に抑えられると想定。)、医療費適正化効果約1.5億円(第3期医療費=約43万円/年、第4期医療費=約71万円/年、第5期医療費=550万円/年として計算。)、と予想されています。

(2)東近江市コミュニティビジネス支援事業

東近江市コミュニティビジネス支援事業は公益財団法人東近江三方よし基金、湖東信用金庫及びプラスソーシャルインベストメント株式会社の協定のもとで、地域の課題解決のために社会的投資と行政補助金改革を組合せた事業のことです。

事業者の計画に具体的な成果目標を設定し、その成果の評価については、専門家と行政、そして三方よし基金が連携して実施していきます。この社会的投資は、従来の行政からの補助金システムを利用するのではなく、事業を応援してくれる出資者から提供された資金を活用し、事業期間終了時に成果が生じた場合には、行政がその元本を出資者に償還する、という事業です。

上位目標 地域の活性化
事業目的 コミュニティビジネスの立ち上げ
事業内容
  • コミュニティビジネスをはじめようとする個人や事業体向けに1件あたり50万円を自治体が補助するスタートアップ型の補助金事業
  • 2016年度採択の4事業について、成果目標を設定し目標が達成された場合にのみ補助金を支払う、成果連動型補助金に転換
  • 事業に必要な資金は、地域の市民等から調達

実際に採択された事業の概要は以下の通りです。

①クミノ工房(募集金額:50万円)

ありそうでなかった木組みの積み木。それが「クミノ」です。ピースの形は1種類しかないのに、遊びは3次元に無限に広がります。地元東近江の杉で作っています。多くの人に触れて頂き、楽しんで頂きたいと思い工房を立ち上げました。
今回は「クミノ」の販売計画の立案、商品パッケージの開発などを通じて、製造販売を本格化する事業を行います。

到達目標は、

  • マーケティング作業を通じて販売先について具体的な計画ができている
  • 森林組合がビジネスパートナーになっている
  • 商品パッケージに関して具体的な展開が決まっている

となっています。

②NPO法人愛のまちエコ倶楽部(募集金額:50万円)

「食とエネルギーの地産地消」を目指して活動している団体です。今回は東近江発の新石鹸ブランドの立ち上げを行います。
到達目標は、

  • 商品パッケージについて具体的な展開が決まっている
  • 試作品が完成している
  • 試作品のモニターとして100人が登録し、改善や感想がまとめられている
  • 事業体の立ち上げに関して具体的かつ詳細なプランが出来上がっており、展望ができている

となっています。

③がもう夢考房協議会(募集金額:50万円)
「農業ビジネスの盛んなまちづくり」「着地型観光を意識した歴史観光の推進」「農による働きたいを支える仕組みの構築」に向けて2015年5月に設立された協議会です。今回は地域循環型社会を目指したコミュニティの拠点整備を行います。

到達目標は、

  • 夢工房の拠点整備が完了している
  • 事業が開始されている/スタッフの雇用が始まっている
  • 夢考房に関わる人が増えている

となっています。

④あいとうふくしモール運営委員会(募集金額:50万円)

障害があっても認知症があってもどのような状態になっても安心して暮らせる拠点づくりに取り組むプロジェクトです。今回は地域の困りごと、暮らしの困りごと、を地域で解決する仕組みづくりをスタートします。

到達目標は、

  • 達成講座が行われサポーターが5人増えている
  • サポーターの交流会が行われ、モチベーションを高める
  • 3年間の経営計画が完成し、4月以降の行動計画が具体的になっている
  • 空き家の管理業務のノウハウを習得し、空き家募集が始まっている

となっています。

 

5.ソーシャル・インパクト・ボンドにおけるテーマ設定・成果指標設定のポイント

(1)ソーシャル・インパクト・ボンドにおけるテーマ設定のポイント

既存事業のうち、現状の方策を改善したいが改善策が不明な事業や、今後対応すべきではあるが、その方法が分からないテーマ(新規事業)についてはソーシャル・インパクト・ボンドの活用が期待されます。

例えば、ヘルスケア領域においては、成果が出るまでに一定の期間を要する予防事業において、従来の手法から転換してソーシャル・インパクト・ボンドを活用することが期待されるのです。

テーマの抽出:
ソーシャル・インパクト・ボンドを活用しうるテーマとは、「成果が出ているのか」 「もっと他にいい方法がないのか」 と思っているテーマ

ソーシャル・インパクト・ボンドの対象テーマチェック:

  • 抽出した対象事業を下記のチェックリストで確認。
チェック項目
成果発注が可能か(仕様発注しなければならない理由がない)
サービス提供者が想定できる
行政コストの大まかな削減額が見込まれる
  • 全ての項目にチェックがついた事業がソーシャル・インパクト・ボンドを活用しうるテーマ。可能性調査に進む。
  • チェックがつかない項目についてはチェックを付けることが可能か再度検討。

<検討・実施されている対象テーマ例(参考)>

対象テーマ(ヘルスケア領域) 対象テーマ(ヘルスケア領域以外)
認知症予防 児童養護(特別養子縁組)
糖尿病重症化予防 若者就労支援(アウトリーチ)
がん検診受診率向上 起業支援
介護予防 移住促進
健康づくり こどもの貧困(こども食堂)

(2)ソーシャル・インパクト・ボンドにおける成果指標設定のポイント

ソーシャル・インパクト・ボンドにおける成果指標設定(成果の達成度を測定するための指標)のポイントとしては、住民、議会、事業者及び資金提供者等の関係者が納得感がある成果指標を策定することが必要で、事業目的を反映し、かつ民間事業者の事業参画意欲を阻害しない成果指標を設定することが重要です。

②客観的データを用いている
活用するデータ、収集する方法が、既に公に認められたもの、もしくは論理的に説明ができるものであること。

③短・中期的に出現する指標である
事業実施後3~5年以内に発現する指標であることが望ましいでしょう。

④ゆがんだインセンティブを生まない
例えば行政コスト削減のみを成果指標にすると、質の低いサービスの提供で多額の成果報酬を得るといった恐れがあります。そのため、設定した成果指標に対してどういったリスクがあるか検証した上で、それを回避するためのスキーム(要求水準、モニタリング、他の成果指標も併せて設定する等)を検討する必要があります。

 

6.ソーシャル・インパクト・ボンドを推進するための課題

ソーシャル・インパクト・ボンドの更なる発展のためには以下の3点の解消が必要になると考えられます。

(1)認知と理解の不足

  • 一般市民からの認知の不足
  • 金融機関における理解と認知の不足
  • 機関投資家の認識の変化に対する認知の不足
  • 投資の持つ社会的な影響や潜在的な力に関する認識と理解の不足
  • 起業家のリテラシーの不足
  • 日本が置かれた現状に対する理解の不足

(2)社会的基盤の不足

  • ソーシャル・インパクト・ボンドに関する概念の未確立と共有の不足
  • ソーシャル・インパクト・ボンドの評価方法の未確立と普及・活用の不足
  • 国際的枠組みや協調行動、政府による制度的整備の不足
  • 資本市場への組み込みの不足

(3)プレイヤー

  • 投資先の不足
  • 投資先発掘や育成の担い手の不足
  • 起業家のリテラシーの不足
  • 投資家の参入の不足
  • 投資家の参入の不足

これらの不足の解消がソーシャル・インパクト・ボンドの展開には必要になると同時に以下のような課題にも対応することが求められます。

課題1:事業の実施主体のガバナンス強化

NPO 法人の活動は、地域における社会的事業の推進に重要な役割を担っており、自由民主党の公益法人・NPO 等特別委員会 が 2016 年 5 月 3 日に「一億総活躍社会の実現に不可欠な共助社会の担い手としての NPO・NGO 活動の更なる活性化に向けた提言」を公表したように、一億総活躍社会の実現への貢献も期待されています。

その一方で、NPO 法人がソーシャル・インパクト・ボンド事業の担い手になるには課題もあります。なぜなら、社会的には、NPO法人の組織及び事業活動に対する不信感が根強いからです。内閣府が 2015 年度に実施した調査結果 45によると、NPO 法人への寄附の妨げとなる要因(複数回答)は「寄附をしても、実際に役に立っていると思えないこと」(36.9%)、「寄附先の団体・NPO 法人等に対する不信感があり信頼度に欠けること」(35.3%)、「経済的負担が大きいこと」(34.6%)がいずれも 30%を超えており、NPO 法人への資金供給が進まない主因となっているのです。

NPO 法人には、定期監査(行政監査)及び外部監査の実施が義務付けられておらず、事業運営の透明性が低いことも不信感の要因の1つです。社会福祉法人も同様に、一部の法人で多額の内部留保の存在が社会問題化したように、民間資金の導入に関しては、社会的同意が得られるような経営の透明化が必須となるでしょう。

この現状を改善するため、2016 年 4 月、NPO 法人の組織運営状況を 5 つの視点から客観的に第三者評価する「一般社団法人非営利組織評価センター」が設立されています。社会福祉法人についても、2017 年度から、経営組織のガバナンスの強化、事業運営の透明性の向上等の改革が着手されようとしています。

課題2:ソーシャル・インパクト・ボンド評価の質の向上

ソーシャル・インパクト・ボンド事業の評価の質の向上については、その対策として、2016 年 6 月に、G8 インパクト投資タスクフォース日本国内諮問委員会が、実践マニュアル及び、「教育」「就労支援」「地域・まちづくり」分野のソーシャル・インパクト・ボンド事業に対する「社会的インパクト評価ツールセット」(実践マニュアル及び分野別ツールセット)を公開しています。

マニュアルには、短期・中長期のアウトカム指標と測定方法の標準的なサンプルが掲載されています。なお、「ヘルスケア(生活習慣病予防、介護予防)」分野の社会的インパクト評価については、経済産業省が 2016 年度末に公表を予定している委託報告書「ヘルスケア産業領域における SIB 導入にあたっての基本的な考え方」のなかでの言及が予定されています。

ソーシャル・インパクト・ボンド事業によるアウトカム及び社会的インパクトを測定する評価手法としては、G8 インパクト投資タスクフォース日本国内諮問委員会が、「ソーシャル・インパクト・ボンド」パンフレットのなかで、日本国内で導入実績がある評価手法として、事業を通じた経済的利益だけでなく社会的利益も含めて貨幣換算することで客観的に事業の社会的インパクトを測定する SROI(Social Return On Investment:社会的投資収益率)を紹介しています。

しかし、内閣府が 2016 年 3 月に実施した調査より、日英における、事業の活動結果・効果の評価を実施する上での課題・阻害要因の回答率(複数回答)を見ると、日本では、「十分な財源がない」(回答率 75.6%)など全 11 項目中 10 項目が 50%を超えている状況です。

英国では、50%超の項目は「十分な財源がない」(78.7%)、「評価に必要なスキルや専門性がない」(61.4%)、「どのように評価してよいか分からない」(52.9%)の 3 項目のみであるのに比べると、現状、日本のソーシャル・インパクト・ボンド事業が社会的インパクト評価を実装するハードルは非常に高いと思われます。

特に、日本では、分析や評価を行う人材の実務的なスキル不足に関する課題の回答率が、7 割を超えています。第三者の専門家等(大学、研究機関、独立行政法人、民間シンクタンク等)でも、SROI 評価を担える人材は少ないのが実状です。社会的インパクト評価ツール等を参考に、アウトカム指標の設定や、アウトカム及び社会的インパクトの評価測定を、ソーシャル・インパクト・ボンド 事業に参加する民間事業者が独自に実施する場合には、特に、評価の質の担保が課題となるでしょう。

実際に、経済産業省が 2015 年度及び 2016 年度の健康寿命延伸産業創出推進事業(ヘルスケアビジネス創出支援等)で採択した事業の成果報告会では、民間事業者が実施する評価の信頼性等に対し、経済産業省及び医学系研究者から疑問が呈されています。

また実施者側でも、2016年 9 月30 日に日本財団の主催で開催された「ソーシャルイノベーションフォーラム 2016」では、社会的インパクト評価を導入している NPO 法人から、「SROI 評価を行うための指標を設定する際には、資金供給者の要望を反映した投資指標と、現場での事業改善に役立てるための経営指標の双方を両立させる必要があり、SROI スコアの向上を目指した場合、結果として事業目標と乖離する可能性もあり指標設定のバランスが難しい」との声や、「事業成果の全てが貨幣的評価指標で測定できるわけではない」との、現場特有の声も聴かれました。

社会的な信頼を得るためには、各ソーシャル・インパクト・ボンド事業が実施する社会的インパクト評価の質を保証する第三者機関や、評価のPDCAの進捗を監督する仕組み等が必要でしょう。

 

<まとめ>

これまで説明してきたように、ソーシャル・インパクト・ボンドは有効かつ効率的な行政サービスを実施、評価するためには有用な考え方であり、実際にいくつかの事例も実施されてきています。しかしながら、まだ実例としては件数に乏しく、経験値をさらに上げていくことでより充実したソーシャル・インパクト・ボンドの実施に繋がるものと考えます。

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